振り向くキミの笑顔が眩しくて

気付いたらアイドル沼。好きなものを好きなように。

「Wanna One」という物語の終わりに寄せて

2019年1月27日。
ワナワンの最後のコンサートが終わって、彼ら11人のグループとしての物語が幕を閉じた。

約1年半は短いようで、それなりに長くもあって、彼らはたくさんのことを達成したし、たくさんのものを届けてくれたと思う。
だけど、やっぱり短かった。
本当に、ワナワンがいない世界はとても寂しくてしかたないです。
彼ら1人1人がいなくなったわけでも、芸能界から引退したわけでもないけど、「Wanna One」というグループを愛しているんだなということを、映画館の席で痛いほど感じていました。
ただの箱推し女の戯言だけど、彼らのグループとしての成長をそばで見ていたかった。
これからどんなグループになっていくのか、ずっとずっと見ていたかった。

でも、こんなに終わって欲しくないと願っているのに、ワナワンが「終わり」を迎えたことを、とても深く理解している。そして、そのことを心から嬉しく思う私がいる。
彼らの物語の終わりに立ち会えた幸せを、私はこれからずっと抱えて生きていけるから。

「PRODUCE101 season2」からはじまった彼らの物語は、ずっと奇跡のような瞬間ばかりだったけど、はじまりのときからずっと、終わりはそこにあった。
だからこそ、ひとつひとつのことを噛みしめるように、どこか生き急ぐように懸命に、だけどとても楽しそうに無邪気に、彼らは愛して、努力して、笑って、泣いて、そこで精一杯輝き続けてくれた。

運命のように出会った11人の物語は、必ず「終わり」があるけれど、この「今」がきっと「永遠」になると、確信にも満ちた姿で示し続けてくれたのだと思った。そのことに最後の最後で気が付いた。
それは、メンバーとファンどちらもの切実な祈りでもあり、終わりが近づくにつれて色濃くなっていった。忘れないように、そのために私たちは約束を交わすんだ。

美しくて、眩しいその物語を、とても大事に、すぐに取り出せる場所に置いておく。
今はまだつらいけど、大切な宝物のようなキラキラとしたこの物語をいつでも読み返せるように。そのたびに、この瞬間の素敵な気持ちも一緒に取り出せるように。

 

グァンリン、あなたは最後まで毅然として、とってもかっこいいマンネだった。
一番若いし、外国だし、ダンスもラップも、どんなに大変だっただろうと思うけど、ひよこ練習生だったあなたは、もういません。

デフィ、誰よりも魅力的なアイドルのあなた。
その才能を惜しげもなく発揮する姿が、本当に眩しかった。
自分を信じて、まっすぐまっすぐ歩いていってほしい。

ジニョン、本当に顔が小さくて、何度も目を疑いました。
飄々とした空気をまといながらも、弟らしいかわいらしさと確固たるかっこよさと美しさを兼ね備えたあなたが前を向いてくれてよかった。

ジフン、どこまでもあざとく、自分の魅力を客観的に把握して、魅せることのできるあなたの強さを、本当に心強く思っていました。
その外見の愛らしさとはギャップがある男らしさが、本当にかっこよかった。

ウジン、あなたの舞台で見せるパフォーマンスのすべてが大好きだった。
その力強いラップもダンスも、そしていたずらっぽい表情も、すべて魅力的で忘れられない。
タンクトップを破ったことは、たぶんこれから先も何度も思い出しては笑ってしまうと思う。

ジェファン、あなたの歌は本当に本当に素晴らしいです。ワナワンの誇るべきメインボーカル。いつまでも、ずっと歌い続けてほしい。
サイコパスとしか思えないところも大好きだけど、こらえきれずに歯を食いしばって涙を流したあなたの顔を忘れません。

ダニエル、最初からずっとそのカリスマ性で、国民のセンターでした。きっとこれからもずっと。
舞台上での色っぽさも、かっこよさも、小学生みたいな子供っぽさも、なにより楽しそうにダンスをする姿も、すべてが大好きにならざるを得ない存在でした。
あなたが絶対的なセンターとしてそこにいてくれたから、ワナワンはワナワンだったと思う。

ソンウ、ずっとあなたは完璧でした。
ダンスも歌も、トークも、ビジュアルも、なんでこんなに完璧なんだろうといつも思いました。ブレることなくそこにいてくれた安心感を忘れられない。
一方で、とっても感性的なところが愛おしくて、仕方なかった。きっと幸せになってほしい。

ソンウン、妖精のように軽やかだけど、力強いパフォーマンスにいつも胸を打たれていました。あと唇が本当にセクシーでうらやましい。
友達のようでいながら、お兄ちゃんとして面倒みのよいあなたの優しい表情が大好きでした。

ジソン、愛すべきリーダー。あなたがいたから、私はワナワンを好きになれたと思う。
あなたの目がなくなる笑顔が大好きだった。あなたの涙も大好きだった。あなたが弟たちを見る、その優しいまなざしも大好きだった。そして、歌っているときにとっても愛おしそうにファンを見る顔が大好きだった。
あなたはこれからもあなたのままで、愛の多い人でいてほしいし、愛されていることをもっと気づいてくれたらいいなと思う。

ミニョン、あなたはいつも格段に美しかった。
まるで光を放っているように、彫刻のように美しくて、何度も何度も息をのむほどにキレイだった。歌っているときは特に美しかった。
その顔とは少しギャップがあるくらい、いい筋肉を持った身体もとてもきれいだった。いつまでも見ていたくなるほど。
しっかり者でみんなのお母さんのような面を持っていながら、よくわからないところで一人で笑って、急にテンションが上がったりするかわいいところも、とても愛おしかった。
あなたのその優しい笑顔をこの目で見たことを、触れたことをずっと忘れない。

 

 

Wanna Oneを、Wannableを愛してくれてありがとう。
ずっとずっと、その愛を覚えています。
運命のようなこの出会いを忘れません。

ジャニオタの私がK-POPを好きになった理由を本気出して考えてみた

フットワーク軽すぎるオタクとして生きる私が、
ついに2018年はじまると同時にK-POP沼に頭からダイブしました。最高にHAPPY。

K-POPってちょっと興味あるけど…」「日本のアイドルに比べて隙がないよね~」など、私自身もそうなんですが、国内と比べて少しハードルがないですか??そうでもない??
全世界的にも盛り上がっているK-POP、若いグループが日本デビューしたり、盛り上がっていていい時期ですよ!!

ということで、勝手にK-POPの魅力(※主観)をまとめたので、暇な人は読んでください!そしてあわよくば興味を持ってくれ!!!!!

ペン(ファンという意味)歴まだ半年にも満たないし、偏った知識(BTSとモンエクとスジュのペンです※2018年5月現在)と未熟なところは個人の主観ということで許してください!!!!!!!!!

K-POPのここがおいしい!

◎売れるまでは同じ宿舎で生活する

最初聞いたとき、マジで天才なのか??と思いました。
2次元の見過ぎではない??現実??現実だったーー!!!って感じ。(ジャニーズも昔はありましたよね。夢と希望が詰まってた…)
練習生(ジャニーズでいうところのJr.)のときから各事務所の宿舎での生活をすることが多いようです。(宿舎がない事務所の場合は、一人暮らししながらバイトをしたりするパターンもあるよう)
デビューしてもよっぽど売れて大人になるまでは一緒に暮らしているパターンが多く、
最初は狭いところに住んでいたのが、売れて高級住宅地の広い宿舎に引っ越し…みたいな流れがあるんだそうで。

生活をするのでお母さん的ポジションのメンバーが出てきたり、
パフォーマンスだけでは決して見えてこないキャラクターが出てくる。

というか、単純にどんなことがあっても帰る家は同じで生活をともにしてるって、やばくないですか??やばいですよね??
しかも、メンバーが多いグループも多いので、2人や3人部屋でルームメイトがいるパターンが多かったりして、さらにそのルームメイトがなぜか毎年変わるパターンが多いらしく、ちょっとファンを殺す気なのか??神に感謝。


参考にMONSTA Xの宿舎寝起きドッキリ動画を貼っておきます。

 

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まじで普通の年頃の男の部屋って感じでたまらん…(あと寝起きかわいい…)


そして、防弾少年団BTS)デビュー一周年の宿舎でのパーティー準備動画。
 
 

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キッチンで料理してるJINのおかんみも最高だし、リビングがめっちゃ雑然としてるのも最高…  

年功序列の関係性がある

韓国の文化で、男同士は年齢がひとつでも違うと「ヒョン(兄貴みたいな意味合い)」と呼んで慕うようなものがあるらしくて…(○○ヒョンという形で名前にヒョンをつけて呼びます)
そして、ヒョンと呼ばれた側は本当に弟のようにかわいがって、弟を守るというような文化のようで……いや!まじで!控えめにいっても最高か!!最高ですよ!!!!!!

「○○ヒョ~ン!」って無条件に年下は甘えられる、という雰囲気なのもいいし、甘える姿が可愛すぎますし、本当にちゃんと敬語を使って敬うんですよね。だから兄の側もしっかりしなきゃとなるわけで。これはおいしい。
(日本でも年上年下の関係性はもちろんあるんですが、とくにグループ内になるともっとラフですよね。それはそれでおいしいです)

年下からいじられるヒョンの図も本当にかわいいです。
時と場合と人にはよるけど、わりとヒョンの側がタメ口とかで話すと、ガチでイラッとしてるのもたまらん。最高。

さらにいうと、「マンネ」というのがありまして。
これは日本語でいうところの末っ子という意味合いです。
単純にマンネ、って響きがすでに最高にかわいくないですか?????
年下らしいマンネ、気遣いのできるマンネ、腹黒系マンネ、ピュアピュア系マンネといろんな種類がいますが、どんなマンネにしろ、ヒョンたちから可愛がられ、甘やかされ、その反面、パフォーマンス面ではマンネが引っ張っているグループも多いので、そのギャップが楽しいです。

また、そんな1歳でもちがうと関係性が兄弟になってしまうからこそ、年齢が同じ同級生のおいしさもひとしお。尊み。
生まれ年で括ってそのコンビを呼ぶパターンがほとんどなんですが、94年生まれを「クサズ」、95年生まれを「クオズ」というの、まじでかわいすぎますよね????

重要なことだから伝えておきたいんですが、韓国語の発音まじでかわいいから注意したほうがいいです。
最初に可愛さに撃沈した、すごくよくいう単語で「アンニョン」っていう可愛すぎるやつがあって、これは、こんにちはとかさようならとか全部包括した挨拶なんですが、「アンニョ~ン!」って手振られたときには本当涙出るかと思った。最高かよ。
今では、韓国語聞くだけでめっちゃ幸せ感じられるんで、そのためだけに新大久保にずっといたい。

◎「愛嬌」という文化がある

ウソじゃないぞ???本当だかんな????
日本語の愛嬌とほぼ同じ発音で、意味も同じ。かわいいことをやることを愛嬌というんです。
赤ちゃん言葉をしゃべったり、ぶりっこしてかわいいポーズをしてみたり、なかにはオリジナル愛嬌(?!)を持っているアイドルも。
まじで、ラッパーとかダンサーとか全然関係なく、全員やってます。
なぜかはわからないけどラップをやるメンバーが愛嬌がうまいグループが多いので、本当にギャップ萌えがすぎる。心臓に悪い。

愛嬌得意な子がなんの恥ずかしげもなく、完璧すぎる愛嬌を披露するのもプロアイドル好きの私からすると涙が出るほど最高って思うし、あんまり得意じゃない子がやった後に恥ずかしくて顔を覆ったりするのも最高かわいいって思うし、まじで天才なのかなと思います。
とりあえず、「BTS 愛嬌」って調べてみて…しぬから…まじで…

SNSの更新が頻繁(自撮り、生放送など)

ジャニオタからしたらまじでカルチャーショックだったんですけど、
めっちゃ自撮りするやん…そして惜しげもなく公開するやん…
まじで自撮りがうまい。少なくとも私と比べたら天地の差くらいあるその技術。教えてほしい。

参考にTwitterの自撮り載せておきます。

 チャンギュナ~~~!!!!!!なんでこんなきれいなん???????つら……

 え?????天使???????まじ推せる……


個人のアカの場合もあるけれど、最近のグループはメンバーがみんな同じアカウントに投稿するパターンが多くて、追っかけるほうはすごい楽です。

あと「V LIVE」という神すぎるアプリの存在も外せないです。
これはなんと、K-POPのアーティストたちが生放送をするというアプリなんですね!!!!(日本語字幕もちゃんと公式がつけてくれる)(しかも基本無料
ホテルや家ですっぴんで生放送してくれたり、ひたすら食べるところ見せてくれたり、なんかやいやいしゃべってるところ見せてくれたり、V-LIVE内のオリジナルバラエティみたいなのもやってます。
機能的にはコメントと♡が送れて、リアルタイムで見てればコメント読んでくれたりするし、ひええええかわいいいいいいってなったときに滾る気持ちを♡連打することで紛らわすこともできるという最高さ。
さらに、過去の放送もほぼ全部、ちゃんとアーカイブされているから、いつでも何度でも見れる!!!!!!神か!!!!!!!!!
無料コンテンツなのに、見切れないくらい動画が公式から供給されるという現実にのみこまれてしにます。

 

◎パフォーマンスにおける役割分担がある

ボーカルライン、ラップライン、ダンスライン、とおおよそパフォーマンスで役割分担が分かれているグループがほとんどで、なにがいいって、めっちゃわかりやすい
あと、それぞれが得意な役割を最大限活かすパフォーマンスになるのもいいですね。やっぱり推しの一番かっこいいところみたいもの。

この役割ですごいびっくりしたのが、ビジュアルの良いメンバーが公式にビジュアル担当っていうのをやってるんですよ。
公式に認められたビジュアル担当って、めっちゃ強くない????
みんなきれいでかっこよくて美しいのに、その中でもビジュアルを担当するほどのビジュアルを持った男、ビジュアルだけで戦闘力高すぎん????最高。

◎ファンによるコールがすごい

最初すごくびっくりしました。
どのグループも大抵、パフォーマンスの際にファンによるお決まりのコールがあるんですね。
グループ名やメンバーの名前(本名の場合が多い)を呼んだり、メンバーと一緒に歌詞の一部を歌ったり。パフォーマンスの一部になってる感が強くて楽しいです。
(ジャニオタは一緒に振りをやるパターンが多くて、それは自担の声をかき消したくないっていうのもあると思うんですけども、単純に文化の違いかなとも思います。日本のファンはおとなしいらしい) 


参考映像にBTS「MIC DROP」(テレビ番組でのパフォーマンス)貼っておきます。

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冒頭の足キュキュキュからのJ-HOPEのダンスかっこよすぎか…すき…


最近では、メンバーたちが自ら考案したコールを解説する動画をあげることもあって、これがまたかわいいんですわ。。。。

参考にMONSTA X「Jealousy」解説動画です。

www.youtube.com

キャ――――!っていう歓声も再現しようとしてるんかわいいかよ……

 

ということで、話しはじめたらキリがないんですけど、私が勝手に思ったK-POPの魅力の特にいいと思った部分をまとめてみました。
ちょっとでも興味持ったら、少しだけでもいいから足を踏み出してみてくださいね。
マジで今まで触れてこなかったこと後悔すっから。

沼の真ん中でお待ちしております!!!!!!!!!!!!

 

 

「俺たちとみんなでA.B.C-Z」~ Concert Tour 2017 5Stars 5Years Tourオーラス@仙台に行ってきました~

この夏の、5年目の彼らははちゃめちゃにかっこよく、凛として美しかった。
ということをただただ書き留めておきたくて、書きます。

城ホ、横アリとアリーナ規模の公演からはじまり、名古屋・大宮・神戸・福岡とホールを回ってきた今回の夏コン。
そして、オーラスは仙台サンプラザホール。
私はどうしても行かなければ、という思いにかられ、チケットを直前で入手した。

もともと大阪、横浜と4公演入っていて、5周年記念ツアーとして、ほんとうに素晴らしい構成とパフォーマンスに大満足していたため、
仙台は自分も友人も当たらなかった公演だし、潔く諦めよう、遠くから応援していようと思っていた。

そんな折、神戸公演で塚ちゃんとはっしーが怪我をしたというレポが。
とくに塚ちゃんはアクロバットの着地ミスでそのあと足を引きずっていたと。
なんと、これは現場にいたファンはさぞ心配だったことだろうと思っていたら、
アンコールで真っ先に飛び出てきた塚ちゃんが「怪我しちゃったー!!」と言い、動けない分、笑顔を振り撒き、手を振り、声を出していたというレポが回ってきて、どんだけ塚ちゃんらしいんだと、心配しながらもすこし笑ってしまった。

捻挫だったらしく、二日後の福岡公演は松葉杖で登場し、ダンス曲には参加できないながらも、ステージ上で他のメンバーを応援していたという塚ちゃん。はしちゃんも怪我をした手に手袋をして、ファンに心配かけまいといつも通りふるまってくれていると。
アリーナ公演はバックにJrがいたが、ホール公演は5人だけ。
4人でのパフォーマンスになってしまう無念も、時間の無いなかでの調整も大変だったろうということは明白。
大事をとってくれたことにはとてもホッとしたが、全力でパフォーマンスできない塚ちゃんの、メンバーたちの悔しさはいかほどかと思うと、その強さには脱帽せずにはおれません。


ファンである私は、怪我をしたメンバーの代わりに怪我をすることもできないし、パフォーマンスをすることもできないし、ツアー日程を変更することもできない。
ただ、できるのは応援することだけ。
だとしたら私は、今こそ現場で彼らを応援しなければ、今の彼らを見届けなければ。

横アリ公演で河合くんが「俺たちに着いてきて悔しい思いをすることもあると思う」といった言葉が脳裏に焼き付いていた。
いろんな場面で、誰よりも悔しい思いをしてきたのは彼らのはずなのに、そんな言葉をくれた上に、「みんなのおかげで楽しい。支えてくれてありがとう」なんて言葉をメンバーがそれぞれの言葉で語ってくれたのが尊くて、嬉しくて仕方ないと同時に、歯がゆくて、悔しくて。
私は、それはこっちの台詞なのだ、ということを、今こそ伝えなければならないんだと謎の使命感に溢れていた。
ファンに対してそんなふうに感謝を伝えてくれる、彼らがつらいときに、応援しないでどうする。支えないでどうする。
しかも5周年記念ツアーのオーラスだぞ。

 

仙台公演は、松葉杖の塚ちゃんとメンバーたちの挨拶からはじまった。
公演中に怪我をしてしまったこと、今回は松葉杖での参加になること、数日後のMステSPには間に合うこと、などなど、悔しさもあるだろうにそんなことは微塵も感じさせず、いつも通りのゆるくて楽しくて明るい5人がそこにはいた。
ほかにこういうことがあったことがほぼないので比較はできないが、
こうやって丁寧に説明をしてくれる彼らからは、ファンに真摯に向き合おうという意思が見えて、こちらも本気で向き合わなければと開演前から気合いが入る。

コンサートのセトリは大きな変更はないので、一曲目はダンス曲の「Reboot!!!」から。
思っていたよりも全力の塚ちゃんの応援と、それを笑顔で受け止めるメンバーたち。
全編通して、塚ちゃんは応援し、メンバーはそれを受け止め、さらに塚ちゃんが孤立しないように(というよりはもっと自然な間合いで)絡みに行き…
舞台慣れした彼らのプロ根性とパフォーマンス力、彼らの絆の強さを目の当たりにし、その輝きは言葉を失うほどでした。

それと、なによりも嬉しかったのは、塚ちゃんがもともとのフォーメーションでいた場所は空けたまま、スポットライトがさしていたこと。
もちろん、時間の無いなかでの調整でフォーメーションまで調整できなかった、という可能性もあると思うが、必殺仕事人な彼らのことなので、4人のフォーメーションを作ろうと思えば作れたと思う。それをあえてしなかったのではないかなと。
塚ちゃんがステージにいないときにも、彼の場所はちゃんとそこにあって、
4人は塚ちゃん分も全力でパフォーマンスしてくれているようにも感じられたが、それは塚ちゃんがいないから!と変に力が入っている感じではなくて、
今できる最大限のパフォーマンスを見せたいのと、ただ今楽しいんだっていう、とても軽やかなものに感じられた。

 

最後のMC、そして恥ずかしい映像として流された忘年会の映像でも、5人は5人でいることを全力で見せつけてくれた。
忘年会で五関くんが泣きながら、「俺はずっと5人でやっていきたいんだ」と語る様を、彼らは誰一人として笑わず、そしてまるで当たり前のように(本人ですら)、「全然恥ずかしくないじゃん!むしろいい映像だったじゃん!」と話す。
30歳男が集まって、こうも純粋にいれるのだろうか。尊みが爆発している。

そして、いつだってファンのほしい言葉をくれる河合くんが
「ずっと5人でいます。だからみんなも、ずっといてください。ほかのグループのコンサートにいかないで」と話してくれたことがどんなに嬉しかったか。
私は河合くんのこんなワガママなお願いははじめて聞きました。
いつも謙虚で、ファンのことを一番に考えて寄り添ってくれて、よければ大きな声を出してね、次も遊びにきてね、そうしてくれたら俺たちはとても嬉しいんだ、とそんなささやかな祈りのような言葉だったと思うので。
(ぽっと出の新規なので以前にもいっていたらごめんなさい。あくまで私の感覚です)

そんなことを言われたら、答えないわけにはいかないじゃない。
大好きだよ、がんばるから一緒にいてよって、そんなのいくらでも一緒にいるよ。

とっつーが言っていたように、決して派手なことをしてきたグループではないと思うし、
これからも派手なことをするグループになっていくのかというと、たぶん違うのかなと思うけど、
一歩一歩着実に、メンバー同士はもちろん、ファンの手もしっかり握って歩く彼らの歩みは凛として強い。
これまでもこれからもいっぱいつまづきそうになりながら、ときには顔面から倒れながら、きっと彼らは歩くのをやめない。
その姿をずっと隣で見ていたい。そして支えたい。

コンサートの最後の恒例であるA.B.C-Zのコール&レスポンスは「俺たちとみんなで~?」「A.B.C-Z!」
その瞬間、5人の優しい眼差しと幸せそうな笑顔がはじける。
どうすればよいのかわからないほど、こんなにもあったかくて、いとおしい。

彼らの5周年記念コンサートは、その手を離さないという強い意思を、とても軽やかに、当たり前のように証明する時間だった。

だから、私も何食わぬ顔で、その手を強く握ろうと思う。

「少年たち 危機一髪!」をみてきました

先日、「少年たち」を観劇してきました。
その結果、あまりに「少年たち」が好きすぎる自分に気付き、気持ちが高ぶりすぎたので、ここで身勝手な感想をしたためようと思います。

そもそも「少年たち」と言えば、言わずもがなジャニーズの伝統的なミュージカル。
あおいさんが頭のナレーションで半世紀といっていたので、気になって調べたところ、初演は1965年らしい。

当時の「少年たち」は残念ながら見たことがないので、私にとっての「少年たち」プロトタイプは、2010年にデビュー前のエビキス、関ジュによって久しぶりに再演された「格子なき牢獄」となることはご容赦願いたい。

昨年(みにいけなかった)から引き続き、Snow man(以下スノーマン)と SixTONES(以下ストーンズ)の2組が中心となり上演されている。

 

さて、長々とした前置きはこのくらいにしておいて。

冒頭は、あおい輝彦さんのナレーションで幕開け。
多くのオタがここで「えび座(初代ジャニーズA.B.C-Zが演じ、その際に初代ジャニーズのメンバーであるあおいさんがナレーションを担当した。場所も今回同様の日生劇場)かよ!!」と突っ込んだことはいうまでもなく、わたしも例に漏れず突っ込んだうえ、笑いをこらえるのに必死だった。(あとでツイッターを見ていたところ、初日はオタがざわついたとのこと)

一部前半は刑務所で対立しあう2グループのダンスや歌で畳み掛けるように進むが、囚人服が妙におしゃれ。というか、着崩し方のパターンが多いシャツとパンツに別れたタイプだったからか、それぞれの着方がおしゃれなのだな。
あと、青と赤のつなぎドーンって感じだったのが、オレンジと緑がすごくさりげなく取り入れられていて、それもなんかおしゃれ。
ちなみに、それぞれに囚人番号があって背中に書かれているが、ふっか(河合くんの強火担)の「23」は河合くんの番号だから、ということでよかったでしょうか?(この番号はパンフレットなどで触れられているのかな?パンフ未購入なのが悔やまれる)

冒頭2グループがみんな出てきたときに、黒髪と茶髪が私の想定した人と入れ替わっていた関係で、人物把握にしばらくかかったのだけれど、とかくジェシーの輝きがすごかった。遠目で見てもキラキラしている。歌声も顔もスタイルも美しい。
以前から完璧な人だなあとは思っていたが、舞台上ではなおその輝きが素晴らしかった。

2グループ一緒に歌い踊る「俺たちは上等」は、にぎやかで楽しくて華やかで、これこれ~!と思わずにんまり。最初から気づいていたけど、残念ながら目が足りないことが判明。

ストーンズのメンバーが出てくる「僕に聞くのかい?」は、京本ちゃんの舞台スキルの高さに脱帽。みんながうまいんだけど、やはり経験の差なのか、京本ちゃんの舞台での自分のみせ方は群を抜いてました終始。
ストーリーテラーとして彼が物語をつなぎあわせ、引っ張っていっていたから、ひとつの物語としてのつながりが感じられたような気がする。

一方のスノーマン「嗚呼思春期」は、照のドラムをはじめとして、バンド中心の演奏。全編とおしてアクロバットしまくってるスノーマンだからこそ、この曲でバンド演奏をしてるのがいい。
この曲はなんか、世間とか現実にたいする理不尽さとか、そういうものに対する破壊衝動をともなった怒りみたいなものと、理解されないことの悲しみと諦めみたいな切なさがぐっちゃぐちゃになって、わーーーー!って叫びになったような曲で、スノーマンメンバーの怒りの発露がすごく痛々しくて、とってもぐっときた。
あと、なべしょがやっぱりいい声すぎるし、歌がうまい。大好きな声。

たしかこのあたりでジェシーがなぜここにいるのかの話として、照との過去が語られる。さかんに照が裏切られたというものだから、なにかもっとひどいことをされたのかと思いきや、まるで癇癪を起こした子どもみたいなけんかだったので、正直肩すかしをくらってしまったのだが、若い頃は些細なことが大きなすれ違いになってしまうものだよね。
その後、悪いやつらとつるみだした照が刑務所に入ったと知り、どうにか仲直りをしたかったジェシーも入所。刑務所まで追ってくるとは、、、その執念に心底拍手をおくった。それほど、ジェシーにとっては照が大切な存在だったのだろう。
しかし、とりつく島もない照。もしかして、刑務所まで追ってくるなどというストーカーに近い行為に引いていたのか……?と考えずにはいられない(ただ単に意地をはっているうちに、引けないところまで来てしまっただけだと思うが)。

そういえば、ここでジェシーが「京本が好きな歌は?」と聞き返すのだが、そこでいきなりストーンズのメンバーが現れ、「この星のHIKARI」(彼らの持ち歌)が披露され、度肝を抜かれる。ストーリー展開とか関係なし。これでこそジャニーズの舞台だ。
それにしても何度聞いても素晴らしい曲である。ストーンズはワイルドな曲を歌うことが多く、そういう楽曲が似合っているのは確かなのだが、キラキラアイドル曲も似合う天真爛漫さというか、少年らしさみたいなものを感じて、初見時には感動した記憶がある。ストーンズはアイドル力が高いグループだったということを思い起こさせられた。私も大好きだよ京本っちゃんと心底うなずいた。

これまでの少年たちでは、脱獄するまでに追い詰められてから2グループが団結していったけど、今回はジェシーが照とのデビューのためにつくった「君にこの歌を」を歌って、みんなが「めっちゃいい曲じゃん!争ってるのばからしいな」みたいな感じで仲良しに。
看守役があおいさんのナレーションだからか、看守から理不尽な暴力を受けるみたいなシーンもあまりなく、自分たちの生き方に悩み、苦しみ、そこから音楽の力で更生し、夢を見つけていくというような流れ。
めっちゃいがみ合ってたけど、気づいたらめっちゃ仲良しになってて、入浴して、みんなで桶ダンス。(この入浴から桶ダンスのシーンも物語の進行にはまっったく意味をなさないが、アドリブが約束されたシーンという意味ではファンには外せないシーン)
そこでまさかのふっかと北斗が兄弟との告白。「殴るふりしてた」みたいなこといってて、まじかよすぎる。そこにだけ着目して一度見返したい。

そして、夢を語らいあっているうちに、出所日が順調に近づく。そんななかでジェシーが先んじて出所することに(そういえばジェシーの罪状はなんだったのだろう)。しかし、出所後にジェシーは祖国(英語を話していたので、おそらく英語圏の国)の徴兵制にしたがって、戦地に送られるのだという。「そんなのおかしい!」と反発する仲間たちと「戦地にいくよ」と諦め顔のジェシー(ここの憂いを含んだ笑顔がよかった)。
この時点でも、照とジェシーの仲直りはまだで、京本ちゃんが照に追いすがるも、すげない態度。しかし背中を向けた照は、あきらかに辛い顔をしていて、もうプライドとかいいから素直になれよおおお!!!と願うも、ジェシーはそのままいってしまう。

これまでの出所は希望だったのに、、、こんな、絶望に向かう出所がありますか??とこの時点で私号泣。というところで第一部が終了。
ここまでは私のしってる少年たちな部分も多かったが、ここから未知の2部へ。。。

2部は出所後の少年たちの様子を追いながら、ジェシーの歌を世界に伝えたいと願う仲間たちを京本ちゃんがつなぎ、戦場にいるジェシーにつながっていく。

戦場でジェシーが出会うのがマリウスなのだが、180cm半ばのジェシーとならんでも遜色ないくらいスタイルがいい。180cmはあるらしい。なるほど成長期すばらしい。高身長で甘い顔の2人が並ぶとそれだけでなんか舞台上が美しい。
そしてこんなことをいうとファンの方に大変失礼だけど、想像以上にマリウスの演技が良い。すこし斜に構えた態度が少年然としていて、好感がもてた。

その後、敵地に偵察に行かされた2人は敵に見つかり、ジェシーがためらううちに、マリウスは銃弾に倒れてしまう。この出来事によって、心優しかったジェシーが心無い兵士となり人を殺しまくりはじめるのだが、マリウスの遺体を安全な場所に運ぶためにお姫様だっこをし、その遺体をいとおしそうに抱き締めるシーンに、その優しさをすべて込めている感があり、とても悲しくて、かなしいからこそ美しかった。

さて、ジェシーの戦場と並行して、それぞれの少年たちの出所後の動向が描かれるのだが、みんなそれぞれの夢を叶えていくためにもがいているところに、京本ちゃんがめぐっていくなか、深澤・松村兄弟の状況が一番理不尽でかなしい。
2人は生きていくために真面目に働き(おそらく同じ職場で)、がんばって生活をしていたのだが、職場で起こった金銭の窃盗事件の容疑者扱いをされたために、キレた北斗が同僚を殴ってしまったため、警察に追われている(しかしあんな廃墟に逃げ込むほどの大事になるのかは疑問)。
前科者としての過去を変えることはできないし、もう生きていても仕方ないと絶望する北斗を説得するふっか。(そういえばこの兄弟もなにをして捕まったんだろう)
北斗の死ぬ気を削いだあたりでラジオから流れる「君にこの歌を」を聞いて、2人は投降し、援護兵として戦場に向かう(?!)。
そして、この2人が戦場でジェシーに会うのだが、そこにはあの優しかったジェシーはいない。
……ということを戦場から京本ちゃんに報告する兄弟。このあたりから、突っ込みが追い付かなくなってくる。
そもそもラジオから「君にこの歌を」を流した阿部ちゃん(テレビのキャスターとなっている)は、超私信として公共の電波使っちゃってるし、ジェシーと兄弟は絶対違う国の人間のはずなのに、同じ軍にいるし、ピンポイントに戦地でジェシーに出会ってるし、戦地から京本ちゃんへの連絡がめちゃスムーズ。

いや、まだまだここは序の口でしかない。
その後、戦場のジェシーの状況を聞いた京本ちゃんがずっと行方不明だった照を探しだし、ジェシーの状況を報告。
あんなに頑固だった照、わりとすぐに折れてジェシーのため仲間のもとへ。
その頃、戦場に向かったキャスターの阿部ちゃんとカメラマンのさっくん。兄弟と合流し、ジェシーを発見し、カメラを回す(爆風にあおられたりしながら)。中継の繋がったスタジオには当時の仲間たちが集合。
「逃げてでもいいから、帰ってこい!」という必死の呼び掛けにも、ジェシーはすげない態度で銃を撃ち続ける。
そこで「君にこの歌を」を歌い出す照。はじめて正気に戻ったみたいな様子のジェシー。この歌の力が半端なさすぎる。
「でも、おれは戦地でたくさんの人を殺したから、みんなと合わす顔がない」と嘆きながら、なぜか小高い岩みたいなところに上っていくジェシー。戦地であぶなすぎるよ!!わかったから、とりあえず早く岩影にかくれてくれ!
案の定、敵に射撃され岩から落ちるジェシー。虫の息ななかで、照との夢の約束の証であるロザリオを北斗託して事切れるのだが、そもそもこの中継はどこかに放送されているのだろうか、、、。等と考えながら、私の目からは滝のような涙がとどまるところをしらない。

その後、そのロザリオを託された照が世界にジェシーの歌を伝えるため、みんなに協力を願い、みんなで歌って大円団を迎える。

物語の主軸はジェシーと照の夢(2人の歌を世界に伝えること)だったと思うが、そもそも、あの2人の関係とはなんだったのかということをずっと考えていた。
刑務所まで追いかけるほど照に執着したジェシーには、ほかに頼れる人がいなかったのではないか。おそらく照もそうだったのだろう。
だからこそ、些細な裏切り行為は大きな溝になり、2人を切り裂いてしまった。
祖国に頼れる家族もなく、照がジェシーにとって唯一無二の大切な存在だったからこそ、照との絆がもう修復できないなかで、社会のなかで生きていくことには希望をもてなかったし、戦場に行く=死が近くなるという状況も甘んじて受け止めたのかなと思う。
だとしたら、あの出所のタイミングで照がジェシーに仲直りを持ちかけられていたら、きっと心を持ったまま、歌をもったまま、ジェシーはいきるために戦えたのかもしれないと思う。
ただ、マリウスと話していた段階ではまだ諦めきっていなかったジェシーだったと思うから、そういう心もすべて、戦争というのは無慈悲に奪ってしまうということだったのだろうとも思う。

 

全体の構成として大幅な変更は戦争パートが2部に入ったこと(昨年からそうだと思われる)。
印象としては、これまでは周囲から理解されず、暴力でしか自分を表現できず、しかし実のところ愛に飢え承認されたい若者たちが、理不尽な暴力にさらされるなかで団結し、仲間を得、いきることに希望を見いだして、出所してそれぞれの自由を手にいれる成長物語という感じだったのが、1部にそれが集約された関係もあり、どうすればいいのかわからないけどとにかく腹が立つみたいな青さはわりとすんなりと終わる。それよりは出所後の世間で前科ものというレッテルのなかもがく姿や、戦争の理不尽さ(NEW!)が中心になっている印象だった。
これまでが家族愛や友情、夢などを中心にしたものと考えると、今回(もしかしたら昨年も?)のものは夢と平和がメインテーマであろうと感じられた(このとき、私の心はジャニーさんのことを思い出す)。

ただ、ストーリーにはそのような変更があったものの、とくに一部に関しては、あ、意外とそのままなんだなと感じる場面が多くあった。
おそらく、単純に歌が同じだったから。そして、私がこの少年たちを好きなのは、おおよそこの歌の部分に集約されるといっても過言ではない。
とにもかくにも、少年たちで使われている楽曲たちが大好きなのだと気づいた。CD音源としてリリースしてくれと願ってやまないが、そういうわけにもいかないのか、現状そのような予定はなさそうなので、おとなしく過去の少年たちを見返しているにとどまっている。

はたして歌はまったく同じだが、受ける印象はまったくといっていいほど違う。
とにかくうまいのだ歌が。みんなうまい。そしてクセがない。というか歌だけでなく、ダンス、アクロバット、演技もそつがない。みなが平均以上を感じさせる安定感だった。
別にエビキス、関ジュが下手だったというわけではないけれど、彼らはなんだかクセがあって、個性的で、自己主張がすごくて、粗削りな感じが、まさに「少年たち」のなかの少年たちとリンクして、とがったナイフのようだったので、それと比べると、おとなしいような印象すらあった。
もちろん物語の流れとしてそうなった面もあろうが、正直、あの狂った戸塚祥太の演技を見慣れてしまったというのは大きいと思う。

しかし、面々と受け継がれている「少年たち」という舞台が、若いジュニアたちの登竜門的な立ち位置で、その痛々しいくらいの若さをほとばしらせている作品にはかわりない。
デビュー前のジュニアだからこそのぎらつきと20代前後の若さゆえの無邪気さと儚さには心を揺さぶられずにはおれないのだ。あの危うい魅力は、年を重ねるとなかなか望むことはできない。

ちなみに、本編後のショータイムで2組それぞれの新曲が披露されたが、そのどちらもがあまりにも素晴らしく、その尊さに涙が止まらなかったことを最後にお伝えしておく。
もっと世間の多くの人に知ってほしくてたまらないので、なるだけ早いデビューの日を願わずにはいられない。

担当を持たないという決心をしたときの話

2015年12月の頭、二階堂担、キスマイ担をやめることを決心した。
そして、今後「担当」というものを持たないことに決めた。

いまは、見たいものを見る、聴きたいものを聴く、行きたいところに行くと思って、ジャニーズのいろんなものを享受している。

とにかく楽しい。日々、ジャニーズの所属アイドルたちへの愛が大きくなっていく。
それがすごくうれしいのは、この決心をするまでがとてもとてもつらく、苦しかったからだ。

でも、まだうまく自分のなかでも整理しきれていない気持ちもある。
自分の備忘録的な意味も込めて、書き留めておこうとこのブログを書き始めたけど、キスマイのことを考えていたら、涙が止まらなくなった。
ずっと一緒にキスマイを担当してきた友人に伝えたときもそうだった。
たぶん、まだ気持ちがうまくついてきていない部分があるんだと思う。

 

そもそも、私はジャニオタになってからまだ2年しか経ってない。
キスマイを好きになった時期とか、仔細な部分は覚えていないが、「SNOW DOMEの約束」という曲がとにかく私にクリティカルヒットして、CDを買ったのがはじまりだった。
そこから先は転がり落ちるようで、絶対に運命だと思うほど、幸せなことばかり。
知名度もだんだん上がってきている最中で、いろんな新しいことが起こるのがそのたびに本当にうれしく、私も頑張らなきゃと勇気づけられた。

 

彼らの「売れたい!」というギラギラした野心的なところが好きだ。
どこがどうとかじゃなく、もう真正面から「売れたい!」っていう気持ちが伝わってくるような、にじみ出る空気をいつも感じている。それがとても好ましい。
それは担当をやめた今でも変わらない。

 

なぜ二階堂担当になったのかは、今でもよく覚えていないし、それは恋に落ちるみたいに突然だったきがする。
だから、担当になった後の話になるけれど、私はにかちゃんの「あざといところ」が大好きだ。

自分に求められていること、おいしいことなど、自分の見られ方、見せ方をよく理解して、スマートにこなす。
歌もダンスもアクロバットもモノマネもトークも平均値以上でできるし、かわいいもかっこいいもきれいも持っている。
もともと器用であり、努力家な部分もあるのだと思うけど、そうやっていろんなことをこなせるのは、とても「アイドル」だなと思う。

たまにファンをざわつかせるようなことを言うこともあるけど、それすら計算なのではと思わせるし、悪ガキだし皮肉な物言いはするけど、「アイドル」という仕事をしっかりこなす。
さらには、とてもグループのことを考えていて、メンバーのことを必要があればちゃんとフォローできる。

二階堂担当としては、そんなところが本当に誇らしかった
舞祭組をやりはじめて、さらに成長していく姿には本当に頼もしい気持ちになった。

 

そうして1年ほどは「たかし天使!」と声高に叫びまくり、彼を、キスマイを愛でていればそれでよかった。
でも、担当として彼らを見ているうちに、どんどん周りのことが気になりだした。

たぶんいろんなことが蓄積されていたんだろうけど、私にとって決定的だったのは、ドリボでの観劇マナーの件が軽く炎上したときのことだった。
しかも、その渦中にいたのは、まぎれもなくキスマイ、さらに言えばにかちゃん。
これまでは、ファンの態度とか、いろいろと気になるところもあったけど、スルーしていたのが、メンバーのことで明確に爆発してしまった感じだった。

そのときに思ったのが、メンバーにもっと人気があるという自覚を持ってほしいということ。
売れたい!って前向きなのはいいんだけど、なんでかこう地に足がついてないまま、ぐいーっと人気でちゃった感じで、本人たちがそこに追いつけてないんじゃないかなと感じてしまった。

それは、ずっと感じていたことだったんだけど、にかちゃんはもちろん、兄組も注意すらしなかったことにすごくショックを受けてしまい、その前後くらいからレギュラーを含め、歌番組ですらまったく見れなくなった。
見るのがなぜかとてもつらくて、すごく勇気が必要で……。
その逃げ道がA.B.C-Zだったし、SMAPだったし、ジャニーズWESTだった。
(これまで録りだめしてたスマスマを毎週見るようになっていたのが、いちばんわかりやすい変化だった)

そんな気持ちのときに、キスマイのコンサートが決まり……

 

というブログを2015年12月の終わりに、ここまで書いて、つらくなってやめた。担当を持つことをやめて、驚くべきことにもう7ヶ月もたった。あんなにつらくて、不安でしかたなかった気持ちは、今ではもうない。

ただ、ただよかったと思う。彼らに出会えたことを、応援できている今の私がいることを、よかったと思う。DDレベルも約半年でずいぶん上がったような気がする。(実際には、それによりつらいことも増えたのも事実だけれど)

あのときとっても不安な気持ちで行った、キスマイのコンサートはとにかくすばらしかったし、わたしの好きな気持ちはなにも変わっていない、と安心した記憶がある。

一方で、わたしにとっては、「担当」という言葉が重かったのだ、と気づいた。

最初は単純に好きで、癒されて、応援して、それだけだったのが、気づいたら自担のなにもかもをチェックして、一挙手一投足を見守らなきゃいけないような気持ちになっていた。なぜか、責任を感じていた。そんなこと誰にも求められていないのに。

それで勝手につらくなって、重くなって、応援すらできなくなるなんて、本末転倒だったのだ、ということに気づくのに、ずいぶん時間がかかった。自担への裏切りだと思ったから。

あんなに一生懸命、笑顔をくれようとしてくれた人のことを、つらくて涙を流しながら追いかけていたことのほうが、よっぽど裏切りだったと思う。

 

「担当」という言葉にこめられた意味は、人によってまったく違う。担当を持たないということは、私は担降りしたことになるのだと思う。

だけど、私にとってのにかちゃんがこの世に舞い降りた奇跡の天使であることは、これからもずっと変わらない。キスマイが家みたいな安心感で、いつも寄り添ってくれることも変わらない。

余談だけれど、「I SCREAM」を聴いたとき、ああ彼らはもう大丈夫だと、第2フェーズに入れたのだと思って、とんでもなく嬉しくなった。何様だよって感じだけど、ほんとうにほんとうに嬉しかった。着実に前に進んできた、その足跡が見えたような気がした。

そして、「Re:」を聴いたときに確信した。

わたしは彼らが大好きだ。

彼らを起点に出会うことができた、ジャニーズのアイドルたちが大好きなのだ。

彼らが、いろんな苦悩や葛藤を乗り越えて、今もアイドルを続けるという選択をした、というその事実だけで、こんなにも尊い。願わくば、幸せで笑っていてほしい、つらいことなんてないように。

そう願うかぎり、わたしは現場に足を運び、音源を購入しつづけるんだろう。